明けの明星 

明けの明星はLucifer(ルシファー)の別称。 「明けの明星」とは金星の事で、この星の夜が明けてからも 最後までその光輝を残す事に由来。反グローバリズムで、 国民(地域)経済派。重にそれに沿ってブログは書く予定です。

女性尊重自由平等平和=ネイティヴアメリカン 11/17

天涯の武士3巻が出ていたらしいので
http://www.amazon.co.jp/%E5%A4%A9%E6%B6%AF%E3%81%AE%E6%AD%A6%E5%A3%AB~%E5%B9%95%E8%87%A3%E5%B0%8F%E6%A0%97%E4%B8%8A%E9%87%8E%E4%BB%8B-4-SP%E3%82%B3%E3%83%9F%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9-%E6%9C%A8%E6%9D%91-%E7%9B%B4%E5%B7%B3/dp/4845836270/ref=pd_sim_b_2
探し出して買った・・・小栗上野介が主役で、
黒幕が英国のパークスや西郷という超展開 笑
 漫画でもこういう形で幕末から明治維新の真相
がじわじわと出てきているなぁと感じる。

南米神話の本を一通り読んで、次はアフリカ神話・・・
その次はネイティヴアメリカンの神話と進む・・・
西洋に蹂躙され滅ぼされ、今では惨めな姿をさらしている
多くの諸民族の本当の姿をおい、西洋の嘘と、西洋によって
めり固められた世界の虚構を暴き、西洋の本当の姿を理解
する必要があるように思う。
彼らの本当の姿を追い、俺の頭にある西洋のメッキを全てはがす。
女性尊重自由平等平和=民主主義の価値観は、白人の
発明ではなく、ネイティヴアメリカンがそれを長い時間をかけて
社会に浸透させ、アメリカ大陸で平和に暮らしていたらしい。
「あいつら」がやってくるまでは、みんな平和に穏やかに暮らせていた・・・
どうして俺は、ここまで西洋の連中を憎いと感じるのかわからないが、
突き動かされるがまま、世界の真実に意識を向けているつもりだ。
白人達が、それを盗み、奪い、盛んに自分達のものだと宣伝している・・・
卑劣な勝者が歴史を覆い隠している・・・俺はそれを暴いて
みせる。

近代的政治理念と「大日本帝国」 : 近代化とその戦争からわれわれは何も学んでいない
http://sun.ap.teacup.com/souun/1863.html
ルソーが対抗モデルとして参照した国と人々はアメリカ先住民でした。

実は,アメリカ先住民については(特に北米大陸北東部)欧州・植民地知識人はその高度に洗練された政治文化(自由・平等民主主義が制度的に整備されており洗練された憲法体制をもっていた)の水準の高さに打たれ憧れ羨望の念すらもっていました(一般人や商人は別です)。

16世紀初初頭からの流れとして、トマス=モア,モンテーニュ,モンテスキュー、ジョン=ロック、ルソー、フランクリン,ジェファーソン,トマス=ペイン、ジョン=アダムズ, 19世紀のモルガン(文化人類学の始祖)、マルクス,エンゲルス、、、。

あげたらきりがないのですが、これらの人々の議論のたたき台あるいは研究対象がすべてアメリカ先住民の洗練された政治文化でした。

近年,特に1990年前後から米国などでは新しい理解がすすんでいるのですが「自由・平等・民主主義」という政治思想と原理は西洋で生まれたものではない,という理解なんです。

それらは実際、先住民において確立されていたもので、絶対王政に代わるモデルとして、上記のような西洋人に学ばれたものです。

ただ,ルソーを含め現地にいったことのない欧州知識人は植民地生まれの欧米知識人とことなり,アメリカ先住民とその洗練された社会体制について、信じがたいような夢物語をみているような感覚で偏見も交え議論していますが(フランクリン,ジェファーソンなどは子供の頃からインデアンの子供と一緒に遊んで育ちましたから,彼らの社会を実物経験していおり,実際彼らはインデアンオタク=IndianBuffsでインデアンのことならならなんでもダーイスキ!といった調子でした)。

欧州の中世近世の農業と農民の悲惨で貧しい生産性と生活に対し,北東部アメリカ先住民の農業経営規模の巨大さとその生産性と食べ物の種類や配分の豊かさは輝かしいばかりで、天と地の違いがありました。

日本の縄文社会のように女系性ですから,男女平等でありながらも、女性が社会を指導していました。

相手への平和への説得の限りをつくしてもどうしても避けられない戦争の場合の開戦決定・戦士の派遣・戦争終結・条約締結(兵士の文民統制の担い手が女性でした)から社会経済・教育まですべて女性が指導していました(現代フェミニズム理論の源流は先住民における女性の社会的地位の高さについての18 世紀白人女性である研究者ゲイジやスタントンなどの先住民コミュニティーに住み込んでおこなったフィールドワークにあります。

彼女たちは米国憲法内で女性選挙権のための社会運動を担いました)。

農作業は女性のみの特権であり(男は農地には足を踏み入れさせてもらえなかったのです)、労力を最もかけず,欧州農法と違い、楽に最大の収穫となる方法を差配していました。

欧米男性知識人にはこうした平和と安全と自由・平等・民主主義を謳歌する社会の存在自体があまりに劇的で衝撃的で,信じられないほどでした。

トマス=モアの作品での「ユートピア」とは彼らの世界のことで、これを憧れのうちに描いています。

ルソーの社会契約説の基礎である「一般意志」(GeneralWill),「人民主権論」は理解が難しいとされていますが、実はまったくそんなことはありません、なぜなら先住民の洗練された政治システム原理のコピーにすぎないからです。

ルソーは自尊心と虚栄と対抗心が病理化してドス黒く暴力指向のフランス人欧州人に吐き気を催し彼らを唾棄・呪詛する一方,自尊心やエゴに毒されていない先住民の持つ純良さ,社会的自由と公平さに強烈な憧れをもっていました。

彼らをこそ自然状態に帰属し自然法に服しており,人間は本来こうでなければならない(自然人,自然法概念の構築),と考え,欧州支配層(王侯貴族、新興商人)が何かと誇っていた侵略的概念である「文明」とやらを激しく批判し,「自然に戻れ」との主張となったわけです。

近代政治の出発点となるアメリカ独立革命が起きる以前1755年から1770年ぐらいにかけてです。

アメリカ憲法は先住民の「自由・平等・民主主義」を西洋人的に修正して摂取しました。

近代憲法の基礎原理は先住民自身が持っていた憲法の政治原理を基礎としたものです。

アメリカではロースクールで,先住民の憲法を世界の憲法典の一つとして比較憲法のデータベースにいれているところがありますし,大学院で米国憲法の雛型としての彼らの憲法との比較憲法学を講じるところがあります。

またアメリカの小学校の教科書などでそのことを説明しているものが増えています。

(残念ながら日本の学者・知識人の間にはまったく知識が届いていませんが,こうした問題の専門書の翻訳が一冊もないことが原因となっています。日本は旧式の知的枠組み,つまり白人・西洋人が組み立てた歴史のレトリックのなかの議論に終始しています。白人国家はまちがい,日本人は正当で正しいと主張する人々自身が白人の組み立てた歴史の構想「自由・平等・民主主義は」俺たち白人様が作ったんだ、という偽の議論に則って議論しているのですから。)

ちなみに1000の頭蓋骨の形態をコンピュータで系統分析した結果アメリカ東部の先住民の祖先は縄文人であるというのが西暦2000年時のミシシッピ大学考古学部の最新研究です。

彼らのホームページに広報されています。

わたしは日本が新しい国つくりの上で参照すべき日本歴史内のモデルは縄文社会と考えています。

権力ヒエラルキーが発生した弥生以降,明治近代政治含め吐き気がしますし,未来的にはまったく参考になりません。

ブッシュ王はじめ、欧米や近代戦前戦後の日本の男が指導する社会の好戦性にはほとほと、うんざりしています。

欧米列強と近代日本の男の指導層の狂気に巻き込まれてかりだされて死んでいった庶民はすべて無駄死ににだったんですよ。

男が指導するキリスト教・ユダヤ教・回教徒同士の果てしもない戦争は,もうホントウに勘弁してくださいよ!

米国で911以後アフガン戦争に勇気をもって反対した議員はたったの二人,ともに(黒人)女性。

アメリカでアフガン戦争に反対し,全米から徹底して眼の仇にされたたった一つの自治体バークレー市の7人の全員が女性議員でした。

アメリカで真珠湾攻撃直後、日本開戦に唯一、 一人反対したのも女性議員でした。

さて、ここまでが長くなっちゃいましたね。

書記長さん(そのほかのかたにも)にお尋ねします。

1一般的に、「自尊心」というものが観察力や判断力や行動に質的な限界(劣化や不適切性)を与える場合がある,とお考えですか?

2 客観的にみて、ご自分の中に日本と日本人に対する自尊心がきわめて強く働いている,と観察されますか?

3.もし上記1と2について肯定される場合、客観的にみて、ご自身のものの見方に一定の歪みや混乱が出てきている可能性を肯定されますか?されませんか?どちらでしょう。

4.良い自尊心と悪い自尊心とが仮にあるとするなら,その境界線はどこにあるのでしょう?

  私自身、自分が物を見るとき,判断するとき,行動するとき、自分のもつ自尊心が障害となって自分の人生や仕事の各種の次元で歪みと軋轢が発生していることに非常に苦しみを覚えています。

特に物をみる目が曇る,混濁する苦しさです。

この苦しさを共有してもらえるでしょうか,それともまったく苦しみを覚えないかたですか?

自尊心を超越した場合に見えてくる地平や世界は自尊心を超えられない,自尊心を持つことにまったく苦しみを覚えない世界とまったく異なるものなのではないか,と想像するのですが。

いいかえれば,自尊心に脅迫的にからみ取られていてはまったく見えてこない地平。その地平から見える近代日本と日本人、そして西欧列強。

これに私は関心を持っています。

このパネルで「如往」さんが「(日本人は)歴史を相対化する術を構築するという難問に取り組んでいかねばならず、これこそが学ぶことの本質だと思うのです。
(でも、新たな峰の登山を多分固辞するだろう書記長さんとの時間差を埋めるのは難しいかも知れません。)」とおっしゃっていますが、自尊心を克服した地点から歴史を見てみる,というのも歴史を相対化して観察する技術の一つに数え上げても良いのではないか,と思っています。

ここで,「書記長さんとの時間差を埋めるのは難しいかも知れません」ということの真意の一つは,自尊心への自己膠着が相対化を邪魔しており、その結果、過去から学ぶという知恵の回収への通路がふさがれてしまう可能性があるという指摘なのかな、とよみました。

書記長さん,気を悪くなさらないでネ!

ここは討論・議論というよりダイアログ,気づきの場にしたいとおもっているだけなんです。

私自身の限界,不明と無明を探りたいためにみなさんの声を参照させて心に響かせさせてもらっているだけなのです。 

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